賃貸物件の退去が近づくと、「どこまで掃除すればいいのだろう」と迷う人は多いはずです。退去後にハウスクリーニング業者が入ることを知っていれば、なおさら「自分で掃除する意味があるのか」と感じるかもしれません。
結論から言えば、退去前にプロ並みの掃除をする必要はありません。日常的な掃除の延長――掃除機がけ、拭き掃除、水まわりのカビ取り程度で十分です。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、借主に求められるのは「通常の清掃」であり、専門業者と同等の仕上がりは求められていません。
ただし、目に見える汚れを放置したまま退去すると、「通常の使用を超えた汚損」と判断されて退去費用が上乗せされるリスクがあります。この記事では、退去前にやっておくべき掃除を場所別にチェックリスト形式で整理し、掃除で退去費用を抑えるポイントも解説します。
退去前の掃除が必要な理由
退去前に掃除をする目的は、部屋をピカピカにすることではありません。退去立ち会いの際に「この汚れは借主の過失か、通常損耗か」を判断される場面で、不利にならないようにすることが本来の目的です。
国交省ガイドラインは、借主の原状回復義務について「通常の住まい方、使い方をしていても発生する損耗(通常損耗)」と「経年劣化」は貸主負担としています。一方で、借主の「善管注意義務」に反するレベルの汚損、たとえば長期間掃除をせずに固着した油汚れや、放置によって拡大したカビなどは、借主負担とされます(民法400条)。
つまり、退去前の掃除は「自分の過失ではない」ことを明確にする行為です。こびりついた汚れを落としておけば、立ち会い時に不要な原状回復費用を請求されるリスクを減らせます。
原状回復の基本的な考え方は国交省ガイドラインの解説記事で詳しくまとめています。
場所別 退去前の掃除チェックリスト
「どこを」「どの程度」掃除すればよいかを、場所ごとに整理しました。すべてを完璧に仕上げる必要はありませんが、目立つ汚れを放置しないことがポイントです。
キッチン
キッチンは退去立ち会いで最もチェックされやすい場所のひとつです。油汚れは時間が経つほど落ちにくくなるため、退去の1〜2週間前から取りかかることをおすすめします。
掃除すべき箇所
- コンロ周辺の油汚れ(五徳・天板・壁面)。重曹スプレーを吹き付けて10分ほど放置し、スポンジで拭き取る
- 換気扇フィルターの油汚れ。取り外してぬるま湯+食器用洗剤に30分つけ置き
- シンクの水垢とぬめり。クエン酸スプレーで水垢を落とし、排水口のぬめりも除去
- 冷蔵庫を置いていた場所の床面。冷蔵庫を移動させたあとに拭き掃除
掃除しなくてよい箇所
- 換気扇内部の分解清掃(通常の使用では必要なし。分解は破損リスクもあるため避ける)
- シンクの軽い傷や変色(通常損耗に該当)
浴室
浴室はカビが発生しやすく、放置期間が長いほど「掃除を怠った」と判断されやすい場所です。
掃除すべき箇所
- 壁・床・天井のカビ。カビ取り剤を塗布し、15〜30分放置してから流す。天井は柄つきスポンジを使うと安全
- 鏡・蛇口の水垢。クエン酸スプレーをキッチンペーパーに含ませて貼りつけ、30分後に拭き取る
- 排水口の髪の毛とぬめり。排水口カバーを外して重曹+クエン酸で洗浄
- ゴムパッキンの黒カビ。カビ取り剤を塗布し、ラップで覆って1時間程度放置
掃除しなくてよい箇所
- 浴槽の経年による変色(通常損耗)
- コーキングの劣化によるひび割れ(経年劣化であり借主負担ではない)
トイレ
掃除すべき箇所
- 便器内の黄ばみ・尿石。トイレ用洗剤を便器のフチ裏にかけ、ブラシでこする。頑固な尿石にはクエン酸パックが有効
- 便座の裏側と便器外側の汚れ。中性洗剤を含ませた布で拭く
- 床と壁の下部。尿の飛び散りが蓄積しやすい場所。トイレ用シートで拭き掃除
- タンク上部の手洗い部分の水垢
掃除しなくてよい箇所
- 便座の変色やひび(経年劣化に該当)
- ウォシュレット内部のメンテナンス(設備の維持管理は貸主責任)
エアコン
エアコンは退去時に見落としがちですが、立ち会いでフィルターの状態を確認されることがあります。
掃除すべき箇所
- フィルターのほこり。取り外して水洗いし、完全に乾燥させてから戻す
- 吹き出し口のほこり。濡らした布やウェットティッシュで拭く
- 本体外側のほこりや汚れ
掃除しなくてよい箇所
- エアコン内部の洗浄(分解クリーニング)。内部洗浄は専門業者の領域であり、借主が自分で行う必要はない。国交省ガイドラインでも、エアコンの内部クリーニングは「次の入居者確保のためのもの」として貸主負担に分類されている
窓・ベランダ
掃除すべき箇所
- 窓ガラスの手垢や水垢。ガラスクリーナーまたは水で濡らした新聞紙で拭く
- サッシのレール部分に溜まった砂やほこり。古い歯ブラシで掻き出し、掃除機で吸い取る
- ベランダの排水溝に溜まった落ち葉やゴミの除去
掃除しなくてよい箇所
- 網戸の張替え(経年劣化に該当)
- 窓ガラスの日焼けによるくもり
各部屋(リビング・寝室・玄関)
掃除すべき箇所
- 床全体の掃除機がけと拭き掃除。フローリングは固く絞った雑巾で水拭き
- 壁の手垢汚れ。スイッチ周辺は手垢が蓄積しやすいため、消しゴムや中性洗剤で軽く拭く
- 照明器具のほこり
- 収納内部(クローゼット・押入れ)のほこりと湿気対策の確認
- 玄関のたたき(砂やほこりを掃いてから水拭き)
掃除しなくてよい箇所
- 家具の設置跡やカーペットのへこみ(通常損耗)
- 画鋲やピンの穴(通常損耗。ネジ穴やくぎ穴は借主負担になることがある)
- 日焼けによるクロスや畳の変色(経年劣化)
- テレビ・冷蔵庫の背面にできた電気ヤケ(通常損耗として貸主負担)
掃除しなくてよい箇所を知っておく
退去前の掃除で注意したいのは、「やりすぎない」ことです。経年劣化や通常損耗に該当する箇所を借主が費用をかけて補修する必要はありません。
国交省ガイドラインで貸主負担とされている代表的な例を整理します。
| 箇所 | 具体例 | 理由 |
|---|---|---|
| 壁紙 | 日焼けによる変色、テレビ裏の電気ヤケ | 経年劣化・通常損耗 |
| 床 | 家具の設置跡、椅子のキャスターによる軽い傷 | 通常の使用による損耗 |
| 畳 | 日焼けによる変色、家具跡のへこみ | 経年劣化 |
| 壁 | 画鋲・ピンの穴(下地ボードまで達していないもの) | 通常の使用の範囲 |
| 設備 | 給湯器・エアコンの経年劣化による機能低下 | 設備の耐用年数内の劣化 |
これらに退去費用を請求された場合は、ガイドラインを根拠に貸主負担であることを伝えてください。原状回復の負担割合の考え方も合わせて確認しておくと、交渉がスムーズです。
ハウスクリーニング特約がある場合の考え方
契約書に「退去時のハウスクリーニング費用は借主負担」という特約が記載されていることがあります。この特約がある場合、自分で掃除をしても、しなくても、クリーニング費用を請求されることに変わりはありません。
それでも退去前の掃除をすべき理由は2つあります。
1つ目は、ハウスクリーニング費用とは別に、「汚損」を理由にした原状回復費用を上乗せされるリスクを防ぐためです。ハウスクリーニングは室内全体の清掃にかかる費用であり、壁のカビやキッチンの油汚れの「復旧」とは別の項目として請求されることがあります。
2つ目は、退去立ち会い時の心証です。部屋が明らかに汚れた状態だと、管理会社の担当者が「通常の使用を超えている」と判断する基準が厳しくなる傾向があります。
ハウスクリーニング特約の有効性や費用相場についてはハウスクリーニング特約の解説記事で詳しく解説しています。特約の3要件(金額の明示・借主の理解と合意・相場の範囲内)を満たしていない場合は、特約自体の有効性を争える可能性があります。
間取り別のハウスクリーニング費用の相場は退去時のハウスクリーニング費用ガイドを参照してください。
自分で掃除するか業者に依頼するかの判断基準
退去前の掃除を専門のハウスクリーニング業者に依頼すべきかどうかは、費用対効果で判断します。
自分で掃除する場合のコストは、洗剤や掃除道具をそろえても2,000〜3,000円程度です。半日〜1日あれば、1K〜2LDKの物件であればひと通りの掃除は終わります。
一方、業者に依頼すると、1K・1Rで2万〜3.5万円、2LDKで5万〜7万円程度かかります。退去前のクリーニングを業者に依頼しても、契約書にハウスクリーニング特約があれば退去後にもう一度クリーニング費用を請求される点に注意してください。業者への依頼分が退去費用から差し引かれるわけではありません。
業者への依頼を検討する方がよいケース
- 長期間(5年以上)住んでおり、水まわりのカビや油汚れが自力では落としきれない
- ペットを飼育していて、臭いや毛の問題がある
- 退去日まで時間がなく、掃除に充てる時間が確保できない
逆に、入居期間が短い(1〜2年程度)、日頃からこまめに掃除をしていた場合は、自分での掃除で十分です。
掃除で退去費用を抑える3つのポイント
退去立ち会い前に写真を撮る
掃除が終わったら、退去立ち会いの前に各部屋の写真を撮影しておいてください。撮影日時が記録に残るスマートフォンのカメラで構いません。キッチン、浴室、トイレ、各部屋の壁・床を撮影します。
この写真は、のちに退去費用の請求内容に疑問が生じた場合の証拠になります。「退去時に部屋はきれいだった」と主張できる状態を記録として残しておくことが重要です。
立ち会い時にその場でサインしない
退去立ち会いの際、管理会社から原状回復の明細書にサインを求められることがあります。内容に納得できない場合は、その場でサインする必要はありません。「内容を確認してから後日回答します」と伝え、持ち帰って検討する時間を確保してください。
一度サインすると合意したことになり、後から覆すのが難しくなります。費用の妥当性について疑問がある場合は、退去費用の交渉ガイドを参考に、項目ごとに確認してください。
見積書の明細を部位別に確認する
退去費用の見積書が「原状回復費用 一式 ○万円」としか書かれていない場合は、部位別・単価別の明細を求めてください。明細があれば、各項目の単価が相場と比較して妥当かどうかを判断できます。
経年劣化控除が反映されているかも確認ポイントです。たとえばクロス(壁紙)の耐用年数は6年で、入居4年なら残存価値は約33%。新品と同じ金額で請求されている場合は、ガイドラインに基づく控除を求められます。負担割合の計算方法は原状回復の負担割合ガイドで詳しく解説しています。
よくある疑問
掃除をしないで退去するとどうなる?
掃除をまったくしないまま退去すること自体は可能です。ただし、目に見える汚れが残っている場合、管理会社が「通常の使用を超えた汚損」と判断し、ハウスクリーニング費用とは別に原状回復費用を請求する根拠にされることがあります。
掃除機がけと水まわりの拭き掃除だけでも行っておけば、「通常の清掃はしていた」と主張できます。
敷金なし物件でも掃除は必要?
敷金がないからといって、退去費用が発生しないわけではありません。敷金なし物件では退去時に原状回復費用を実費請求されるケースが一般的です。むしろ敷金で精算できない分、請求額をそのまま支払う必要があるため、掃除をしておいて損はありません。
ベランダや窓ガラスの掃除はどこまで必要?
窓ガラスの手垢や水垢は軽く拭いておく程度で十分です。ベランダは落ち葉やゴミを片付け、排水溝を詰まらせていなければ問題ありません。網戸の汚れや劣化は経年劣化に該当するため、借主が負担する必要はありません。
出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)、民法400条(善管注意義務)、民法621条(賃借人の原状回復義務)
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出典・参考文献
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」案内ページ: https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
- 国土交通省 ガイドライン本文PDF: https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun2.pdf
- 民法(e-Gov 第621条 賃借人の原状回復義務): https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 国土交通省 別表第2(経過年数による負担割合の参考図): https://www.mlit.go.jp/common/001016469.pdf
- 国税庁 No.2100 減価償却のあらまし: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/2100.htm
- 国民生活センター 賃貸住宅退去時のトラブル相談事例(2021年7月公表): https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20210701_1.html
- 消費者庁「もっと知りたい契約のキホン」: https://www.no-trouble.caa.go.jp/